ホルムズ海峡の実質封鎖から間もなく半年。日本のナフサ輸入は中東依存度が2024年時点の73.6%から、2026年5月には1割前後へと激変し、調達ルートは米国やアルジェリア、スペインなどへと大きく転換した。船舶は喜望峰やパナマ運河を経由し、航海日数は約50日に延伸。供給網は「止まるかどうか」から「どう作り替えるか」というフェーズに移行している。

この間、日本のエチレン設備稼働率は6月に66.5%と過去最低を更新したものの、原料切れによる全面停止は回避された。その背景には、官民を挙げた代替調達の迅速な実行があった。しかし、その持続性にはなお複数のリスクが潜む。本稿では、関係者の発言を手がかりに、今後の課題を整理する。

1.代替調達の成果と限界

経済産業省の資料によれば、中東以外からのナフサ輸入は平時の月45万kLに対し、5月には135万kL超へと3倍に拡大。米国が最大の代替供給源となり、野村證券の分析では、6月のナフサ輸入は2025年平均の7割程度まで回復した。同社エコノミストの髙島雄貴氏は、「米国産原油を軸に、日本が代替調達を進めている」と指摘する。

また、国内ナフサ在庫指数も6月時点で前年平均を上回り、危機初期の「20日分」という薄い在庫からは改善が見られた。だが、これは運転在庫の積み増しに過ぎず、ナフサには法定備蓄義務がない状態は変わっていない。

2.持続性を巡る2つのリスク(野村證券の見方)

野村證券経済調査部の伊藤勇輝氏と髙島氏は、代替調達の持続性を巡り、「紅海ルートの機能不全」と「米国依存の構造的限界」の2点を挙げる。

特に7月20日、イエメンのフーシ派がサウジアラビアに対する紅海海上封鎖を宣言。これにより、代替迂回ルートとして機能してきたバブエルマンデブ海峡経由の輸送が新たな制約を受けた。両氏は、「サウジからの原油輸入減少は9月頃から表面化するリスクがある」と警告する。

さらに、米国からの調達は輸送距離の延伸を伴い、コスト面での負担が顕在化。アーガスの試算では、地中海~日本間の喜望峰回りは燃料費だけで60万ドル増加し、楽天証券経済研究所のデータでは、日本向け米国産原油タンカーは4月に13隻(前月比4倍超)に達した。経産省の試算では、原油タンカーのスポット運賃は前年比11倍に急騰し、1バレルあたり9ドルの差額が生じたという。

3.現場の声──「価格は2倍に、在庫は底を突く」

供給網のひずみは、最終製品の現場にも到達している。東京の巻き戸製造企業の社長秘書・関雅之氏は、塗料用シンナーや脱脂溶剤の調達難をこう証言する。

「16リットル入りで従来は2万5000円ほどでしたが、一時はほぼ倍の5万円近くになりました。保護フィルムも入荷が止まり、ホームセンターを回ってかき集める日々でした。」

また、同社は包装用の気泡緩衝材(プチプチ)も約1カ月にわたり入荷が途絶え、資材調達の不安定さが生産計画そのものを揺るがしているという。

このようなコスト上昇は、建築・不動産分野へも波及している。日本ABC経済研究所の熊野英生首席エコノミストは、「建設業は価格転嫁が難しく、原油高の影響が約半年間、利益を圧迫し続ける」と述べ、供給網の混乱が下流産業に長期にわたり浸透する構図を指摘する。

4.政策の動きと業界の葛藤

政府は、ナフサを国家備蓄の対象に加える方向で検討を加速。高市早苗首相は8月末までの総合パッケージ策定を指示し、経産省は8月7日の作業部会で、輸入業者からの拠出金を原資にJOGMECを通じた支援制度案を示した。

しかし、過去の経緯が影を落とす。日本は1993年にナフサの備蓄義務を廃止した経緯があり、明星大学の細川昌彦教授はこれを「重大な誤判断だった」と断じる。三菱ケミカルグループの築本学社長(石化協会長)も、「ナフサ備蓄は必要だが、液体のまま長期保管は現実的でない」と技術的ハードルを認める。

一方、同社の木田稔CFOは、顧客側の前倒し調達が上期の増益に寄与したと説明し、「バリア材や塗料原料で早めの手当てが進んだ」と明かす。だが、その反動として下期の需要減少は避けられないとの見方も強い。

5.見えてきた「新たな常態」と今後の論点

この半年で、日本の企業は「高くても遠くから買う」という選択肢を現実のものとした。だが、開拓した調達網が海峡再開後もそのまま維持されるかは不透明だ。経産省の作業部会は、多角化は価格変動の抑制に寄与し、中長期のコスト増には直結しないとの評価を示しているが、その成否は調達先との継続的関係構築と、国内物流基盤(内航船員の高齢化・船隊縮小)の強靱化に委ねられている。

野村證券の両エコノミストは、「数量面の供給制約が長引けば、2026年夏以降の国内経済活動を下押しする」と警鐘を鳴らす。その言葉通り、ナフサ危機はもはや「通過点」ではなく、日本の産業構造そのものを問い直す「分水嶺」となりつつある。今秋に予定される国産ナフサ基準価格の確定や、石化協の統計公表が、次の戦略を占う重要なマイルストーンとなるだろう。

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