2026年8月5日、三井化学は2027年3月期第1四半期(2026年4~6月)の連結決算を発表した。売上収益は前年同期比10.8%増の4,600億円、コア営業利益は同88.4%増の501億円、親会社の所有者に帰属する四半期利益は321億円となった。前年同期の同利益は7億円だったため、最終利益の増加率は4,302.3%に達した。
一見すると「コア営業利益が約9割増」という劇的な増益だが、その中身を詳しく見ると、今回の業績改善は単純な需要回復だけでは説明できない。
最大のポイントは、ナフサなど原料価格上昇に伴う在庫評価損益の改善という外部要因に加え、ベーシック&グリーン・マテリアルズ(B&GM)の構造改革、ICT・半導体材料など成長領域の拡大、そしてポートフォリオ転換を進めてきた経営戦略が同時に効き始めたことにある。
三井化学は過去にも、基盤素材事業の大胆な再構築と成長領域への集中によって業績を大きく改善した経験を持つ。今回の増益は、その過去の成功パターンを繰り返しているだけではない。
むしろ重要なのは、「市況に左右される総合化学メーカー」から、「高付加価値のスペシャリティ事業を成長軸とする化学企業」への転換が、徐々に利益構造へ反映され始めていることだ。
2027年3月期第1四半期――88.4%増益の実像
三井化学によれば、売上収益の増加にはナフサなど原料価格上昇に伴う販売価格上昇や為替の影響があった。一方、コア営業利益については、ナフサ等原料価格上昇に伴う在庫評価損益の良化などが主な要因となった。
したがって、「販売数量が急増したため利益が88%増えた」と理解するのは適切ではない。
今回の増益には、市況変動によって発生した利益がかなり含まれている。
ここが今回の決算を評価する際の最初の重要なポイントである。
最大の押し上げ要因は「在庫評価損益」
石油化学企業の利益は、原油・ナフサなどの原料価格と製品価格の変動から大きな影響を受ける。
今回、ナフサなどの原料価格が上昇したことで、低い価格水準で保有していた在庫の評価が改善し、利益を押し上げた。
特に影響が大きかったのがB&GMである。
B&GMのコア営業損益は前年同期から227億円改善し、198億円の利益に転換した。同社は、その理由として、
- ナフサ等原料価格上昇に伴う在庫評価損益の良化
- 事業構造改善による固定費の改善
- 持分法による投資利益の増加
を挙げている。
つまり、今回の全社増益を理解するうえでB&GMの黒字転換は非常に重要だが、198億円という利益をそのまま「構造改革だけによる恒常的な利益」とみなすことはできない。
在庫評価損益は、市況が逆方向に動けば反対に利益を押し下げる可能性があるからだ。
このため、今回の501億円というコア営業利益を見る際には、
「外部環境による利益」と「企業自身が作り出した利益」を分けて考える
必要がある。
それでも重要なのがB&GMの構造改革
では、在庫評価益を除けば今回の増益はそれほど重要ではないのか。
答えは「そうではない」。
むしろ今回注目すべきなのは、低収益事業の構造改革が、市況改善の利益をより大きく取り込める体質を作っていることである。
三井化学は2014~2016年の構造改革でも、基盤素材の大型市況製品について大胆な事業再構築を進めた。
鹿島工場については、ウレタン事業再構築の一環としてTDI、特殊イソシアネート、有機酸などのプラント停止と工場閉鎖を決定し、不採算設備の整理を進めた。
その結果、2016年度には営業利益1,021億円という過去最高益を達成。当時の統合報告書は、鹿島工場閉鎖などの「痛みを伴う改革」を実行したことと、成長3領域の拡大が組み合わさったことを、ポートフォリオ変革の成果として説明している。
現在のB&GM改革にも、同じ思想が見える。
三井化学、出光興産、住友化学の3社は国内ポリオレフィン事業を統合し、年間80億円以上の合理化を目標としている。統合後は三井52%、出光28%、住友20%の出資比率となる。
これは単なるコスト削減ではない。
国内需要が伸びにくく、海外、とりわけ中国で生産能力が拡大するなか、国内設備を個社ごとに維持すること自体が競争力低下につながる。
そのため三井化学は、
「自社で抱える」→「業界で統合する」→「設備・生産体制を最適化する」
という方向へ進んでいる。
これは、従来型の総合化学企業から、資本効率を重視した企業へ移行する動きともいえる。
今回のもう一つの柱――ICT・半導体材料
B&GMの改善が「守り」の成果だとすれば、ICTソリューションは「攻め」の成果である。
ICTソリューションの売上収益は前年同期比88億円増の778億円、コア営業利益は21億円増の111億円となった。
半導体・光学材料、ICTフィルム・シートなどの販売が堅調だったほか、為替による交易条件改善も利益を押し上げた。
特に重要なのが半導体関連材料である。
生成AIの普及によってデータセンター投資、先端半導体、半導体製造設備への投資が世界的に拡大している。
三井化学はこの流れを単に「半導体材料を売る」という形ではなく、材料技術と研究開発力を組み合わせた高付加価値事業として取り込もうとしている。
その象徴の一つが、2026年7月に発表した「AI Materials Foundry」への創設メンバーとしての参画だ。
同ネットワークにはNVIDIA、Meta、Samsung、Henkel、Applied Materials、東京エレクトロン、Lam Researchなど45を超える企業・研究機関が参加しており、生成AIを活用して次世代材料の開発を加速することを狙っている。
これは単なるDX投資とは性質が異なる。
三井化学が目指しているのは、
AIを使って「化学品を効率的に作る」だけでなく、「次に売れる材料そのものを早く見つける」
という研究開発モデルへの転換である。
過去の三井化学は、構造改革によって不採算事業を整理し、市況回復の利益を取り込むことでV字回復を実現した。
現在の三井化学は、その経験をさらに一段進めようとしている。
基盤素材は統合・合理化・ライトアセット化によって収益性を高める。
一方で、半導体、ICT、モビリティ、ヘルスケア、歯科、バイオマス、AI材料設計といった成長分野へ資本と技術を集中する。
この二つを同時に進めることによって、景気循環や原料価格に左右されにくい収益構造を構築することが、現在の三井化学の最大のテーマとなっている。
したがって、今回の88.4%増益はゴールではない。
むしろ、長年進めてきたポートフォリオ変革が、利益構造の変化として表面化し始めた一つの転換点と見るべきだろう。
今後、在庫評価益が縮小しても成長領域の利益が伸び続け、B&GMの構造改革効果が定着するなら、三井化学は過去の「市況循環型のV字回復」を超えて、より安定した高収益型のグローバル・スペシャリティケミカル企業へ移行できる可能性がある。
逆に、半導体・AI需要が鈍化し、ヘルスケアM&Aの収益化が遅れ、B&GMの再構築が市況改善に依存したままであれば、今回の501億円は一時的なピークに終わる可能性もある。
三井化学の本当の勝負は、今回の「88.4%増」を達成したことではなく、その利益を「市況がなくても稼げる利益」へ変換できるかどうかにある。